『蔦文也の生涯』 池田高校伝説
蔦文也。言わずと知れた高校野球界の名監督のひとり(あの茨城常総学院高校監督の木内幸夫氏も尊敬する)で、その生き様はもはや伝説の域の人物である。徳島県の山間部に位置する公立池田高校の弱小野球部を、甲子園では「やまびこ打線」で恐れられた超人気強豪校に育て上げた。春夏通算出場14回・37勝11敗 好成績は以下。
1974年春 準優勝 さわやかイレブンで快進撃
1979年夏 準優勝 箕島サーカス野球に8回裏逆転を許す
1982年夏 優勝 エース畠山準で悲願の大旗獲得
1983年春 優勝 エース水野勝仁で史上4回目の夏春連覇
1983年夏 ベスト4 史上初の3期連続優勝は1年生KKコンビのPL学園に夢絶たれる
1986年春 優勝 小さなエース梶田茂生で無欲の勝利
「人生は敗者復活戦ぞ!」
をモットーに甲子園初出場まで20年を要した苦難の前半から、高校野球に革命をもたらした驚異的な打力による攻撃力で、サインは「打て!」のみの力で相手を圧倒する単純で見る者にも爽快な野球で全国の頂点を極めた。
同県、隣接県の強豪校、徳島商、鳴門、高知、明徳など、また全国強豪校、箕島、早稲田実業、東洋大姫路などとの切磋琢磨、死闘、名勝負、或いはエピソードの数々に読み進むほどに懐かしく楽しい。
しかしこの本の真価は「人生は敗者復活戦ぞ!」と言い切る、蔦監督自身の性格と敗けと挫折の生涯を理解してこそ、あの輝かしい成績がなおさら輝くことを教えてくれる。
世間やマスコミでは「勝負師」「攻めだるま」と強いイメージを持たれているが、実は臆病な性格であり、ここ一番の采配はことごとく裏目となり、結果的に甲子園出場まで20年を費やし、甲子園では9割手中にしていた大旗を目前で3度逃すことになる。
大酒飲みで御乱行もしばしばであったが、それでも純粋に野球へ情熱を傾け続ける姿を、町民や県教育委員会などが全面的に支持してくれたことも偉業達成の陰にあることを忘れられない。
一時期、池田高校はバス会社の観光コースにもなり校門付近にバスが停車するようになり、バスガイドの「ここが、あの池田高校でございます」という誇らしげな声が響いたそうだ。全国へ名を広め、観光客増加にも貢献した伝説の高校だ。
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